ドイツ南部のマイン川で、溺死した少女の遺体が発見された。
司法解剖の結果、少女の体には長きにわたる虐待の痕があった上、溺死の原因が川の水ではなく塩素水だと判明した。
刑事オリヴァーとピアは捜査を進めるが、2週間経っても糸口がつかめず、少女の身元さえわからない有様。
どうやら9年前にも似た事件があったらしく、二人はその関係者から探ってみることにした。
そんな折、ピアは恋人クリストフの孫娘を預かり、一緒に暮らすことになってしまった。
子育ての経験がない上、捜査も大忙しのピアは、この突然の共同生活に困惑するが―。
ドイツミステリーの大ベストセラー、第六弾!
異なる3つの事件がひとつに
毎回様々な社会問題をテーマとしている「刑事オリヴァー&ピアシリーズ」ですが、六冊目となる本書『悪しき狼』のテーマは、児童虐待です。
序盤から少女が遺体で発見されますし、ショッキングな描写(火傷や監禁の痕、全身24ヵ所の骨折など)が続くので、苦手な方は要注意。
物語とわかっていても、目を覆いたくなるほど痛ましいです。
しかも刑事オリヴァーとピアがいくら調べても少女の身元は判明せず、少女がいかに社会から離され、隠されていたかがうかがわれます。
また9年前にも同様の事件があったようで、虐待というものが、社会からなかなか断つことのできない根深い問題であることも伝わってきます。
さらに『悪しき狼』では、この事件と並行して2つの出来事が起こります。
まずはテレビ番組のキャスターが襲われて、重傷を負います。
彼女はある重大なネタを掴み報道しようとしたのですが、同僚に反対された上、何者かに暴行されてしまうのです。
もうひとつはピアの同級生エマに起こった問題で、娘の異常な行動に困っていたところ、医師から性的虐待の痕跡があることを指摘されます。
しかも最近の痕跡ではない(つまり以前から行われてきた)とのことで、エマは夫を疑い始めます。
一見どの問題も内容がバラバラで接点はないように思えるのですが、実は深い部分で繋がっていたことが徐々に明らかになってきます。
ページをめくるたびに新たな事実が判明するので、まるでモザイクを消していくかのような妙味があります。
特にある犯罪組織との絡みや、警察の暗部が露呈するところはゾクゾクするほど面白く、一気読み必至!
しかも作者の見事な誘導により、読者には真相がオリヴァーやピアよりも一歩先にわかる仕組みになっていて、そこがたまりません。
「見抜く快感」を味わわせてくれる、極上のミステリーと言えます。
ピアの母性と愛情
「刑事オリヴァー&ピアシリーズ」を語る上で外せないのが、主人公たちのプライベートパート。
毎回、家族や恋愛における様々なサイドストーリーがあって読者を楽しませてくれるのですが、今回はなんとピアの子育て奮闘記!
といってもピア自身の子供ではなく、恋人クリストフの孫娘です。
名前はリリーで、オーストラリアから遊びに来ており、色々な事情からピアが預かってしばらく一緒に暮らすことになります。
最初は振り回されて困惑気味だったピアですが、リリーの可愛らしさに母性本能がどんどん刺激され、だんだんと本当の「娘」のように思えてきます。
リリーもピアを大好きになり、すごく慕うのですが、でも「母」と思うようにはなりません。
といっても別に心を開かないわけではなく、実はリリーにとってピアは「母」ではなく「婆」なのです!
確かにピアは、リリーの祖父クリストフの恋人ですから、子供には「おじいちゃんの相手=おばあちゃん」と思えてしまうのかもしれません。
まだ40代前半のピアの心境を思うと少し気の毒ですが、読者的にはそこが面白かったりします(笑)
とにかくリリーの可愛らしさと、それを母(婆?)のように受け止めるピアの愛情は、読んでいて和みます。
『悪しき狼』のテーマは子供の虐待であり、凄惨な描写も非常に多いのですが、このパートは温もりにあふれており、陰鬱な中での光明や救いになっている気がします。
直接的な血のつながりがなくても、子供は大人を慕い、信頼できるし、大人は子供を守りたくなる。
そう考えると、本書の真のテーマは「母性」なのかもしれませんね。
シリーズ屈指の大傑作
『悪しき狼』は「刑事オリヴァー&ピアシリーズ」の第六弾であり、『深い疵』と並んで、シリーズ中で特に評価の高い作品です。
テーマの深さといい、事件の残虐性や複雑性といい、読み手の感情や思考を大きく激しく揺さぶってきます。
なぜ幼い命が、大人たちの身勝手な理由で奪われなければならないのか。
しかも殴る蹴るでは済まず、数十ヵ所の骨折だの塩素水だの……、手の下し方があまりにも残酷すぎます。
こういった事件は、まさに今この瞬間にも、世界のどこかで起こっているのかもしれません。
程度の差はあれ、苦しめられている子供たちは、おそらく多数いると思います。
我々はその事実から目をそらさず、自分の手の届く範囲内だけでも、守れるようにしていくべきです。
そしてピアとリリーのような信頼関係を築いていければ、社会はもっと幸せな環境になるのでしょう。
『悪しき狼』は、そのような意識を改めて持たせてくれる作品です。
そしてもうひとつ、主役のオリヴァーですが、前作でのショックから立ち直りつつあるのか、今作ではなかなかに活躍していました。
エレガントな貴族刑事でありながら、たまにポンコツ気味になるところがオリヴァーの魅力ですから、本来の凛々しさが戻って来た今作は、ファンには喜ばしいことこの上ない!
まだ少し影が薄いですが、今後の活躍を期待させてくれるという意味では十分でしょう。
このように、たくさんの見どころがある『悪しき狼』、シリーズ屈指の人気作というのも大いにうなずけます。
元々のファンの方やミステリー好きな方はもちろん、虐待という社会問題に向き合うためにも、ぜひ多くの方に読んでいただきたい一冊です。





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