かつて父親と車上生活をしていた兄弟のアサヒとユウヒ。
父親が亡くなり離れ離れになって以降、2人は別々の人生を歩んでいた。
そんな2人は、ある日10年ぶりに再会を果たすが、その再会は偶然ではなかった。
アサヒはユウヒに脅迫される形で、ある理由から計画を進めていた狂言誘拐の犯行に加わることになったのだ。
しかしその8年後、かつて狂言誘拐に加担していた女性が自分の子供を置き去りにして衰弱死させる事件を起こしたことで、状況が一変していく。
計画的犯行は成功したかのように見えたが、8年前の狂言誘拐事件と今回の幼児置き去り事件の間に関連性を見つけた警察が、ついに捜査へと動き出す…….。
2つの事件を巧みに紐解くサスペンスミステリーをお楽しみください。
幾重にも謎を重ねた重厚なミステリー
本作では、第一部でアサヒとユウヒが計画を進める狂言誘拐事件、第二部で狂言誘拐の主犯の1人であった美織が引き起こした幼児置き去り事件が各章の主軸となって描かれています。
いずれも何ら関連性のないテーマのように見えますが、警察の捜査で事件のきっかけや主犯人物の繋がりに関する情報を集めていくにつれて、物語は思わぬ方向へと進んでいくことになります。
本作の見所は、それぞれの事件背景や発生原因のヒントを得るための伏線を各章でさりげなく散りばめていきながらも、読者の想像の先を行くストーリーが展開されていく点にあるといえるでしょう。
この物語で主に焦点が当てられるのはアサヒ、ユウヒ、美織の3人です。
そしてその裏側には、アサヒとユウヒがかつて一緒に生活をしていた父親の存在や美織の家族問題などの数々のテーマが時系列を追って盛り込まれていきます。
その結果、必然的に推理の複雑性は増していき、読者は並行して残り続ける数々の謎に頭を悩ませながら、事件の真相に迫っていく必要があります。
しかし、この難しさこそが推理ミステリーの醍醐味であり、本作の魅力といえるのではないでしょうか。
推理ミステリー小説を読み慣れていない方にとっては、物語に馴染むまでに時間がかかるかもしれませんが、ストーリー後半にはすべての謎が1つに収束されていくため、すっきりとした読了後を味わうことができるでしょう。
重いテーマを扱っているがゆえに、考えさせられるストーリー展開
第一部ではユウヒ達がある目的を成し遂げるために狂言誘拐を計画するところから物語が始まりますが、第二部で巻き起こる幼児置き去り事件の内容も考えさせられます。
本作では、推理要素の多い古典的ミステリーならではの展開を散りばめながらも、虐待やネグレクトなどの家族問題に関わる重いテーマも扱っており、全体的に重厚感のあるストーリーに仕上がっています。
ストーリー進行の過程では、犯人がなぜ事件を起こしてしまったのか、過去にどのような経験をしてきたのか、虐待連鎖に巻き込まれた子供達はどこへ向かえば良いのか、といった数々の苦悩や感情が手に取って分かるように描写されているのが特徴です。
表面的に見れば犯罪の計画や実行を進めた人物が1番の悪者として捉えられますが、本作を読み進めていくにつれて、「犯罪を起こした人物だけが問題ではない」ということに気付かされます。
本作で起こる事件がフィクションであるとはいえ、家族問題に関わる深いテーマを扱っていることで、かなりリアリティのあるストーリー構成になっているため、物語中盤から後半にかけて、登場人物や被害者の子供達につい思いを巡らせてしまうことでしょう。
重苦しい空気感で描かれるミステリー小説は好みが分かれるかもしれませんが、重厚なストーリーの推理や考察をするのが好きな方であれば、存分に楽しめる作品に仕上がっているのではないでしょうか。
悲劇的な事件の裏に横たわる、さらなる衝撃とは
「降田天」は、萩野 瑛さんと鮎川 颯さんという2人のメンバーからなるミステリー作家コンビの執筆活動を目的として作られた名義です。
学生時代の同級生として知り合った2人は、共同生活を送りながら執筆活動に専念されて
おり、ストーリー構成と執筆を分業体制で進めているそうです。
降田 天は、2014年に刊行された学園ミステリー小説『女王はかえらない』によって、『このミステリーがすごい!』大賞を受賞したことで作家デビューを果たし、ますます注目を集めました。
そんなミステリー小説の名手である2人が創り出した本作「朝と夕の犯罪」は、2つの事件の真相に迫るまでのミステリー描写と、家族問題などの重厚なストーリー設定が特徴の物語です。
ミステリー小説ならではの謎解き要素に、各所に垣間見える虐待連鎖などの重いテーマから生まれる緊迫感が合わさることで、自然と物語の世界へと引き込まれていくことでしょう。
このようなリアリティのある物語を扱うことは読了後の嫌な余韻を残す懸念がありますが、不思議なことに、本作はすっきりとした気持ちで読み終えることができます。
こうした読了感を味わえる背景には、事件の裏側に隠れた登場人物の根の優しさや感情面に多く触れられる機会があり、物語の考察や奥深さに思考を巡らせられる適度な余白が残されているからではないかと考えています。
感情移入しやすい方にとって、暗めのテーマを扱っている小説を読むことは少し勇気がいるかもしれませんが、事件モノや暗い雰囲気の物語が苦手な人でも気軽に楽しめる作品に仕上がっていますので、少しでも興味があればぜひ読んでみてください。
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