瞳星愛(とうしょうあい)は、10歳の夏休みに、祖母が住む瀬戸内海の波鳥町で不可思議な体験をする。
近道を進もうとして、「日暮れ時になると亡者が歩く」と言われる亡者道に入った時に、不気味な人影とすれ違ったのだ。
その人影は、「死んでいるけど生きている」「生きているけど死んでいる」という歪な印象だった。
知らんぷりして通り過ぎた方がいいとわかってはいたが、愛は怖いもの見たさで顔を覗き見てしまう。
そして次の瞬間、激しく後悔した―。
8年後、大学生になった愛は、この出来事を作家の刀城言耶に話すために、「怪異民族学研究室」を訪ねる。
ところが言耶は不在であり、留守を預かる天弓馬人(てんきゅうまひと)という大学院生が代わりに話を聞くことに。
しかし天弓はひどく怖がりであり、「これは怪奇現象ではなく理屈の通った現象だ」と確信したいあまりに、現実的な分析と推理とを始め―。
ホラーとミステリーとが融合した、全5編の連作短編集!
怖いからこそ推理で否定
『歩く亡者 怪民研に於ける記録と推理』は、作者・三津田信三さんの代表作とも言える「刀城言耶シリーズ」のスピンオフ作品です。
刀城言耶は登場せず、代わりに助手の天弓馬人がメインとなって、女子大生の瞳星愛と一緒に様々な事件の謎を解いていきます。
起こる事件は全て怪異絡みなので、ホラー×ミステリーという意味では本家「刀城言耶シリーズ」と同じなのですが、ひとつ決定的に違うのが、天弓が極度の怖がりであるという点。
言耶は怪異に興味津々で、喜んで首を突っ込むのですが、それに対して天弓は、怪異が怖くて怖くてたまらず、「存在を絶対に認めない」というレベル。
だから天弓は怪奇現象を徹底的に分析し、現実的な説明をつけることで、怪異を真っ向から否定しようとします。
つまり言耶と天弓とでは、怪異に対するアプローチが真逆なのですね。
片やワクワク、片やゾクゾクなので、『歩く亡者 怪民研に於ける記録と推理』は、「刀城言耶シリーズ」のスピンオフでありながら、また違った方向から楽しめます。
各話のあらすじと見どころ
『第一話 歩く亡者』
表題作。
愛が10歳の時、祖母の住む海沿いの町で「亡者」とすれ違ったというお話。
愛が見たのは、本当に亡者だったのか、それとも……。
愛と天弓の出会いの物語で、第一話ということで、人物紹介的な色合いが強いです。
とはいえホラー色もなかなか強く、10歳の愛が亡者に怯えつつも、つい顔を覗き見てしまうシーンなど、読み手をギクリとさせてくれる部分も多いです。
『第二話 近寄る首無女』
推理作家のディスクン・カーが大好きな杏莉和平は、女子からの人気が高い頭類貴琉と同じ趣味を持っていることを知り、友達になります。
しかしある日、彼の家に行った時、恐ろしい首無女を目撃してしまい―。
学園モノのような明るく楽しいノリの物語ですが、だからこそホラーシーンが怖くて、特に首無女の描写は身震い必至!
でもその正体を知った時、読み手はもっと大きな衝撃を受けることになります。
まさかあのような理由で首無しになっていたなんて……。
『第三話 腹を裂く狐鬼と縮む蟇家』
行方不明になった子供が、熊用に仕掛けた罠の中で遺体となって発見されました。
といっても罠にかかって死んだわけではなく、どうやら何者かに惨殺されたらしく―。
これでもかこれでもかと、怖い要素を詰め込んだ作品。
子供の無惨な遺体もですが、山奥の陰気で陰湿な感じが出まくっていて、薄気味の悪い家もあって、読み手はゾクゾクし通しです。
ミステリーとしても面白くて、特に「家」の秘密にはかなりビックリ!
『第四話 目貼りされる座敷婆』
妖怪研究会メンバーたちが、座敷婆が出ると言われる旅館に行くのですが、そこで殺人事件に遭遇してしまいます。
しかも殺害現場は目貼りされた部屋、つまり密室だったのです。
不気味さの際立つ作品で、本筋はもちろん作中の逸話もとにかく怖い!
トリックは大味な力業ですが、だからこそ見抜きにくく、惑わされます。
『第五話 佇む口食女』
民俗学の研究で、ある村を訪れた男の物語です。
朝から遺体を屋外で火葬にしたり、死んでいるはずの人が棺桶から這い出てきたり、両耳まで口が裂けている口食女が現れたり……。
不気味なことが連続して起こり、男は恐怖におののきます。
個人的にはこの作品が一番怖かったです。
特に男が死体に追われるシーンは、頭にイメージが浮かびやすく、恐ろしいの何の!
それ以上に怖いのが、ある種の人々の歪んだ考え方で、これはもう怪異を超えるえげつなさでした。
本編シリーズとのリンクが面白い
ホラーとミステリーとが融合した、恐怖と謎解きとを存分に味わえる作品でした。
スピンオフ作品ですが、メインの登場人物が新キャラクターなので、本編に当たる「刀城言耶シリーズ」を読んだことのない方でも楽しめます。
でも本編ネタがあちこちに挟まれており、本編のファンならもっと楽しめること請け合い!
たとえば第一話『歩く亡者』では、舞台となる土地が本編の『凶鳥まがとりの如ごとき忌いむもの』と同じだったりします。
第二話『近寄る首無女』では、モテモテの頭類くんが、本編の『首無の如き祟るもの』に登場する古里家の親戚ですし。
また第五話『佇む口食女』では、ある人物の正体がラストで判明し、「えーっ、まさかあの人だったなんて!」とファンを大いに驚かせてくれます。
このように全5話のそれぞれが本編シリーズと何らかの形でリンクしており、それに気づくたびにファンはビックリしたり、ニヤリとしたり、ウキウキしたりと、とにかく心をくすぐられます。
きっと読了後には、本編を読み返したくなりますよ。
本編を読んでいない方も、「これは本編絡みのネタだろうな」と気づける部分が多かったりするので、興味をそそられると思います。
「刀城言耶シリーズ」を改めて楽しむためにも、入門編として読むにも、おすすめの一冊です。
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