ハルオは少年時代、兄を助けることができなかった。
兄の向かった岩場がなんだか怖くて離れている間に、兄は海に落ちて死んでしまったのだ。
兄はきっと助けを求め、ハルオを何度も呼んだはずだった。
もう少し勇気を出して近くにいれば、声に気付き、状況を変えることができたかもしれない。
自分が「無理だと思ったこと」が、兄を死なせてしまった……。
このことは、ハルオの心に呪縛のように残り続けた。
成長し、救助災害ドローンの製作会社に就職したハルオは、業務で障害者支援都市を訪れた時に、巨大地震に遭遇。
一人地下に取り残された女性を、ハルオがドローンで安全な場所まで誘導することになったが、しかし問題があった。
彼女は、目が見えず、耳も聞こえず、話すこともできないという3つの障害を背負っていたのだ。
しかも浸水が進んでおり、6時間で安全地帯への道が閉ざされてしまう。
この窮地から、ハルオはいかにして救い出すのか。
「無理だと思ったら、そこが限界」
ハルオはこの言葉を胸に、困難を極める救出ミッションに挑む!
厳しすぎる状況での激ムズミッション
『アリアドネの声』は、地震で地下に閉じ込められた女性・中川を主人公のハルオがドローンで救い出すというSFミステリーです。
いわゆる救出劇であり、見どころは幾重にも立ちふさがるトラブルの壁を乗り越えていくところです。
とにかく状況が、もうビックリするほど厳しいのですよ。
まず、地震による崩落で救助隊も入れないほど狭くなった場所で、ドローンを飛ばすこと自体が大変。
途中でガレキにぶつかってしまうかもしれないし、いつ天井や壁が崩れてくるかわからないという怖さもあり、まるで激ムズのシューティングゲームです。
その上、助ける対象である中川は、目が見えず、耳も聞こえず、喋ることもできない三重苦。
つまりドローンで安全な場所に誘導しようにも、相手はドローンの姿を視認できないし、ドローンが自分を助けようとしていることにも気付けないのです。
このような相手を、どうやって安全な場所まで誘導すればよいのでしょうか。
さらにタイムリミットまであり、地下がどんどん浸水してきているため、避難可能な時間は、せいぜい6時間。
もう無理ゲーを通り越して不可能レベルと言えるくらいの超高難度です。
このような中、ハルオは挫けることなく知恵を振り絞り、救出を進めていくのですが、その過程が抜群に面白い!
特に操縦シーンの描写が鬼気迫っており、いかに難しいか、どれほど神経を尖らせているかが伝わってきます。
まるで激ムズのゲームをしているような、一瞬も気を抜けない緊迫感を楽しめるのです。
不屈の精神と人の優しさに涙腺大崩壊
『アリアドネの声』は、決してスリルだけの物語ではなく、感動の場面もあちこちにあります。
中でも特筆すべきは、ハルオのトラウマから来る不屈の精神。
ハルオは幼い頃に事故で兄を失っているのですが、それを「自分が無理だと思い込み、勇気を出さなかったせい」と感じています。
だからハルオは、「無理だと思ったら、そこが限界」を合言葉のように頭で繰り返し、どんな時でも屈せず、足掻いて足掻いて足掻きまくりながら、前へと進んで行くのです。
罪滅ぼしのように苦境で頑張り続けるその姿に、読み手はカッコ良さを感じるとともに、胸を打たれます。
ドローンで三重苦の中川を救出するという無理ゲーも、ハルオにとっては一種の贖罪なのでしょう。
もうひとつ、中川の方にも大きなドラマがあり、ここでも読み手は胸を大きく揺さぶられます。
中川は三重苦を背負い、意思の疎通がかなり困難、という設定でしたが、途中で「実は障害は嘘では?」という疑惑が出てきます。
最初は少し疑わしいくらいだったものが、暴露系YouTuberの暗躍で疑惑はどんどん膨らんでいき、街の人々も疑いを持ち始め、読み手も中川をそういう目でしか見れなくなります。
が、終盤で大どんでん返しが炸裂し、感動の渦が一気に広がります。
特にラストシーンは、涙腺が大崩壊!
人の優しさや温かさが身に沁みて、言葉にできないほどの感動がこみ上げてきます。
中川の障害は嘘なのか、彼女は助かるのか、怒涛のクライマックスからの感動の嵐は、ぜひご自身で味わってみてください。
『方舟』との共通点と相違点
絶体絶命の危機的状況からの救出という、スリルと感動に満ちた一冊でしたね。
あらすじだけ見ると、2022年の話題作となった夕木 春央さんの『方舟』に似た部分が多いと感じるのですが、読み進めると全く違うことがわかってきます。
確かに設定は、どちらの作品も「地下に閉じ込められ、浸水によるタイムリミットがある中で脱出を図る」と共通しているのですが、主人公の立ち位置やテーマが大きく異なっているのですよね。
『方舟』では主人公は脱出する側の人間で、それに対して『アリアドネの声』では、主人公のハルオは脱出を誘導する側の人間です。
テーマも、『方舟』では「皆が助かるために一人を犠牲にすること」ですが、『アリアドネの声』では「幾多の困難に屈することなく、命を救おうとすること」と、真逆な感じです。
読後感も、『方舟』は考えさせられる系で、『アリアドネの声』は感涙にむせぶ系です。
そういう意味で『アリアドネの声』は、『方舟』と似た設定の中で全く違うドラマを楽しめる作品と言えます。
『方舟』の設定が好きな方なら『アリアドネの声』もきっと楽しめますし、胸の熱くなるラストを求める方にも本書は愛すべき一冊になること間違いなし!
また、本書はドローンのカメラに映るものを追う形で物語が進んで行くので、ゲーム的あるいはマシン的な臨場感を好む方にも、興味深く読めると思います。
ぜひお手に取って、極上のスリルや感動を堪能してください。
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