美しい声の代わりに「賭けに必ず勝つ魔力」を手に入れたエミリア。
大金を稼ぐことが可能になったが、それゆえに父親が殺されたり仲間に恐れられたりと、うまくいかないことも増えた。
ある時エミリアは、上流階級のタシットと恋に落ち、結婚を意識する。
ところがタシットの母親は猛反対した上、入水自殺をした。
愛するタシットに魔女だと疑われ、絶望したエミリアは、自分も自殺しようとするが―。
表題作『あれは子どものための歌』ほか、ファンタジー色豊かなミステリー傑作集、全5編!
皮肉な流れと、どんでん返しが面白い
『あれは子どものための歌』は、 「この世の理に背く願い」を叶えられた人々の物語です。
自分の影を実体化させて、もう一人の自分を作ってもらったり。
美しい声と引き換えに、賭け事に絶対に勝つ魔力をもらったり。
それだけでもワクワクする物語ですが、実はそれらは便利なようでいて、必ずしも自分を幸せにしてくれるとは限りません。
使い方を誤ると、かえって不幸を招くことがあるのです。
その皮肉な顛末が描かれているので、ますます味わい深い物語となっています。
また、全5編収録されているのですが、それぞれの物語で頻繁にどんでん返しが出てきて、これがまた面白いんです。
アッと驚く事実が随所で明らかになり、そのたびに状況が二転三転するので、ドキドキの連続を楽しめます。
しかも決してこじつけではなく、序盤からキッチリ伏線が張られているところが流石!
全てに論理的な繋がりがあり、点と点とがスマートに線になっていくので、その構成力の高さがミステリー好きをうならせます。
「あの時のあれは、こういうことだったのか!」と、後から気付く快感を何度も何度も味わえます。
各話のあらすじや見どころ
・『商人の空誓文』
自分の影を切り離し、自分そっくりの実体にしてもらった男の物語です。
男は影を働かせ、自身は楽をして暮らすのですが、だんだんと影の方が有能になってしまい、面白くありません。
しかも影が起こした事件で、自分が処刑されることになり―。
3つの物語が並行して進み、やがて収束してひとつの物語になります。
影の正体や目的が、全くの予想外で面白い!
・『あれは子どものための歌』
美声を失う代わりに、どんな賭け事にも勝てる魔力を得たエミリア。
大金を稼いだものの、そのために父親は殺されてしまい、仲間も怖がって去ってしまいます。
しかも恋仲の男性からも魔女との疑いをかけられて―。
不幸が続く悲しい物語ですが、ラストには救いがあり、温かみを感じさせてくれます。
タイトルが持つ意味に気付いた時、読み手はきっと愕然とするでしょう。
・『対岸の火事』
宿なしの少年ヘジオラは、貴族に襲われていたところ、影を持たない謎の男に助けられます。
男は、どんな傷も一晩で治すという名医を探しており、ヘジオラはその手助けをすることに。
しかしそこにはおぞましい秘密が隠されていた―。
少しゾッとするような物語ですが、意外な要素がきれいに繋がるところにスッキリ!
・『ふたたび、初めての恋』
あるカップルが宿に泊まるのですが、そこで奇妙な出来事が起こります。
それまでのサスペンス要素のある物語と毛色が違い、テーマは若さや恋。
誰かを強く思う心や切なさが痛いくらいに伝わってきて、読みながら胸が熱くなり、読了後にも余韻が残るハートフルな物語です。
・『諸刃の剣』
それまでの物語のキーパーソンが集結します。
「この世の理に背く願い」を叶えてきた者。
影から生まれた男。
そして理に背く能力に踊らされた人々に手を差し伸べつつ、世界を守ろうとしてきた者。
彼らの目的、行動の意味が美しく回収され、読み手は何度も「そうだったのか!」とうなずくことになります。
そしてひとしきり納得した後で、大満足の結末を迎えるのです。
最後の最後まで裏をかき続ける構成が素晴らしい!
12年を経て繋がった壮大な物語
『あれは子どものための歌』は、明神しじまさんのデビュー作です。
正確には第一話の『商人の空誓文』が、第7回ミステリーズ新人賞の佳作に選ばれたことで、デビュー作となりました。
そして続編の第二話と第三話、書き下ろしの第四話と第五話とをひとまとめにしたものが、本書『あれは子どものための歌』です。
第四話までの各物語は基本的に独立しており、一話完結のスタイルなので、好みに合いそうな話をチョイスして読んでも楽しめます。
が、第五話になってそれまでの話が全て繋がり、壮大な物語として膨らむので、最初から順に全ての話を読んだ方が絶対に面白いです!
第五話で「まさか、ここがあそこと繋がるなんて!」という伏線回収がたびたび出てきて、それまでの四話を改めて違う方向から楽しませてくれるのです。
いやもう、よく練られた作品だなと思います。
実は第一話『商人の空誓文』の受賞から本書刊行まで、12年もの歳月が流れています。
作者の明神 しじまさんが、いかに情熱を捧げ、粋を尽くしてきたかがわかる長さです。
一見ファンタジーな作品ですが、構成の巧みさと見事な伏線の張り方とで、ミステリーとしても間違いなく優秀!
テンポが良く読みやすいので、ファンタジーやミステリーが好きな方だけでなく、年齢や性別も問わず、多くの方々に読んでいただきたい作品です。