2021年3月、ニューヨークに向かうエールフランス006便が危機に陥った。
乱気流の中レーダーが故障し、フロントガラスがひび割れ、機体がいつ真っぷたつになってもおかしくない状態になったのだ。
それでもなんとか墜落を回避し、目的地に着陸。
乗客も全員無事で、それぞれが安心して機を降り、何ごともなかったかのように日常生活に戻っていった。
ところが6月になり、異変が起きた。
ニューヨーク上空に突然エールフランス006便が、3月にフライトした時と全く同じ状態で姿を現したのだ。
機体だけでなく、乗務員も乗客も完全に一致。
ありえないことだが、あの3月に乱気流を抜けた便が、まるでコピーしたように寸分たがわぬ状態で、6月にも出現したということだ。
突然現れた「もう一人の自分」に、3月の乗客たちと6月の乗客たちは、それぞれどう向き合っていくのか。
フランス文学で最も権威のあるゴンクール賞を受賞したSFミステリー!
突然現れた「もう一人の自分」
誰しも「自分のコピーがいたらいいなぁ」と考えたことがあると思います。
忙しい時や体調が悪い時などに、自分と全く同じスキルを持った「もう一人の自分」がいたら、とても助かりますよね。
でも実際にいたらどうでしょうか。
スキルだけでなく欠点も同じで、思考回路も同じで何を考えているのか常に筒抜けという相手を、すんなり受け入れることができるでしょうか。
『異常 アノマリー』は、まさにその葛藤を描いた物語です。
と言っても「自分のコピー」ではなく、「航空機を乗客ごと全部コピー」ですから、個人レベルの話とは比べ物にならない規模です。
そのため合衆国政府は、現れたエールフランス006便を丸ごと隔離し、隠そうとします。
原因不明の超常現象なので、世間に知られたら大騒ぎになってしまうからです。
でもさすがに人数が多すぎて隠し通すことはできず、コピー元である3月の便の乗客たち(便宜上、マーチと呼ばれます)も、6月の乗客たち(ジューンと呼ばれます)も、自分の同一人物が存在していることを知ります。
彼らは果たしてお互いを受け入れることができるのか。
その驚きと苦悩、決断が、『異常 アノマリー』の主題となっています。
斬新な展開とスケールの大きさに、「面白い!」が止まらず、どんどん読み進めてしまうのです。
異常に満ちた展開と衝撃すぎるラスト
『異常 アノマリー』は大きく三部に分かれており、それぞれに違った面白味があります。
第一部では、3月の乗客たちが、6月までどのように過ごしてきたかが描かれています。
殺し屋のブレイク。
売れない作家のミゼル。
映像作家で、シングルマザーのリュシー。
末期の癌患者のデイヴィット。
虐待を受けている少女ソフィア。
などなど乗客たちの日常が群像劇風に紹介されており、それぞれノワール小説や恋愛小説といった個別の作品のように楽しめます。
そして第一部のラストで6月の「異常」が衝撃的に明かされ、波乱のムードで第二部に突入。
第二部では、この「異常」の対応に追われる合衆国政府と、沸き立つ人々とが描かれています。
舞台はアメリカですが、乗客にはフランス人や中国人もいるので、それらの国家も対応に絡んできます。
なんとフランスのマクロン大統領や中国の習近平主席まで、実名で登場するのです!
そして第三部では、いよいよマーチとジューンたちがお互いをどうするのか決断を下します。
ここが本書一番の見どころで、やはり群像劇風にドラマ性たっぷりに描かれています。
各人物は背負っているものがそれぞれ異なるので、決断の下し方もそれぞれ別。
受け入れる者もいれば拒絶する者もいて、選択のバリエーションの多さが興味深いです。
そしてラスト。全員の決断を見届けて、そろそろ読了という時に、新たな事件が起こります。
これがまたとんでもない内容で、読んだ瞬間、唖然茫然!
この衝撃たるやもう、とても言葉では言い表せないので、ぜひご自身で読んでみてください。
事件の内容もですが、その事件に対して世界が出した「答え」にもかなり驚かされ、強烈な余韻が心に残ります。
世界的に評価された傑作
『異常 アノマリー』の作者エルヴェル・テリエ氏は、国際的な文学グループ「ウリポ」に所属されています。
「ウリポ」とは、文学における新たな可能性を求めて、様々な技法(言語遊戯的だったり、数学的だったり)を駆使して作品を生み出そうとするグループです。
エルヴェル・テリエ氏はその4代目の会長であり、なるほど『異常 アノマリー』も、発想といい構成といい非常に斬新でテクニカルで、まさに「ウリポ」らしい作品と言えます。
そこが高く評価され『異常 アノマリー』はフランス文学で最高と呼ばれるゴンクール賞を受賞しました。
国内では110万部を突破し、40もの言語で翻訳され、さらにアメリカでは「ベスト・スリラー2021」に選出、日本でも2023年版「このミステリーがすごい!」の海外部門TOP20入りと、世界的に注目を集める一冊となっています。
また個人的には、妄想を掻き立てられるところも『異常 アノマリー』の魅力のひとつだと思います。
もしも実際に「もう一人の自分」が現れたら、自分ならどうするか考えずにいられないのです。
まずは衣食住ですが、衣類や寝室などをシェアするのは簡単ではなさそうですよね。
資産は二等分するのが公平なのでしょうが、せっかく貯めてきたものを半分にされるなんて、納得いかない気がします。
さらに戸籍や仕事上の立場などなど、考えれば考えるほど共有が難しいことに気付かされます。
共有できないなら、どちらかが権利を手放すしかないわけですが、どちらも拒否した場合、その先に待っているのはきっと……。
このように『異常 アノマリー』は、読了後も色々と考えさせてくれる、胸にズッシリと残る作品です。
ぜひ楽しんで読んで、その後は考えることも楽しんでください!
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