舞台は、隣国に併合され、隣国および国連の統治下に入った日本列島。
「日本」という国家は消滅し、旧日本人は「和族」と呼ばれ、下等民族としての扱いを受けていた。
そのような中で、「拉致チーム」の一員である佐野由佳は、旧東京の政府高官を拉致作戦に参加するものの、失敗。
逮捕され、公安局の雑賀の手で国連警察に護送されることになった。
ところがその道中の高速道路で、由佳を乗せた車両が謎のグループから襲撃を受けてしまう。
護送を任されている雑賀は、由佳を連れてなんとかこの絶体絶命の危機から抜け出そうと奮闘するが―。
歴史を改変した世界で繰り広げられる、怒涛のアクション警察小説!
日本なのに日本ではない違和感が面白い
『暗黒自治区』は、本来とは違う歴史を辿った日本列島を舞台とした、一風変わった警察小説です。
どこが違っているかというと、まず日本という国が既に滅びていて、隣国(作中では明記されていませんが、おそらく中国)に支配されています。
一部に国連の暫定的な統治区や、和族(旧日本人)の自治区もありますが、ほとんどが隣国の支配下。
日本語も既に無く、使われているのは中国で標準語と認定されている普通話です。
街では大陸から来た内地人たちが大騒ぎしており、かつての日本らしい落ち着きはすっかりなくなっています。
衛生観念も薄れ、ゴミや汚物が散らばり放題ですし、もちろん治安も低下していて、銃を所持する外国人たちが闊歩している状況。
つまりこの舞台、日本だけど日本じゃないのですよ。
銀座や新橋などの都市があるし、街並みや建物も間違いなく日本のものなのに、流れている空気が全く違っているのです。
そしてその違和感が、たまらなく面白い!
だって物語のメイン舞台である横浜で、海外のマフィア映画でおなじみの銃撃戦やカーアクションが繰り広げられるのですよ。
大小さまざまな銃器を使ってのド派手な撃ち合い、爆炎を巻き上げ跳ねるように走る車など、日本の常識ではありえない過激な光景が、日本の風景の中で広がる。
これは興奮しますよ~!
他にも、のろのろ動くホームレスや、品位を捨て媚びを売るだけのホステスなど、みじめさを漂わせる和族の様子も、読み手に強烈な違和感を感じさせます。
本来の日本がどういうものかを知っているからこそ、このパラレルワールドがショッキングに映るのですよね。
その衝撃とスリルが読み手を物語の中にグイグイと引っ張っていき、気が付けば時間を忘れるくらいに没頭しているはずです。
守るために戦う男の熱い生き様
舞台設定の面白さが見どころの『暗黒自治区』ですが、ドラマ性にも心惹かれるものがあります。
ストーリーとしては、政府の高官の拉致に失敗したヒロインを、公安局の雑賀が保護し、危機から脱出させようとする逃亡劇なのですが、この雑賀が実にカッコいい!
政府の飼い犬的な立場でありながら、政府に弓引いた由佳を、命がけで守ろうとするのですよ。
いわば警察が罪人をかばうようなものであり、雑賀は公安にとって裏切り者になってしまうにもかかわらず、何があっても守り抜こうとします。
あの銃弾が雨あられと降り注ぎ、車が路上で弾け跳ぶような猛烈なアクションの中で、ですよ?
その強い意志にはドキドキさせられますし、ビビッと痺れます!
そして雑賀がなぜそこまで由佳を大事にするのか、理由が後半になってから明かされるのですが、これがまた、たまらなくドラマチックで泣かせてくれます。
そこにあるのは、過去の罪、後悔、願い、未来への希望。
それらが交錯し、揺らぐことのない深く強い愛情となって、由佳を自由で安心できる世界へと導いていくのです。
でもその先には、悲劇的な展開が待っていて……。
とにかくこの雑賀の選択や生き様は、涙なしではとても読めません!
このように『暗黒自治区』は、ぱっと見は歴史改変+アクション物ですが、その実「大切な人を守るために戦う男の背中」を描いたハードボイルドなヒューマンドラマでもあります。
迫力あるシーンが好きな方はもちろんですが、胸に沁み入るような物語が好きな方も、胸を熱くしながら読める作品です。
『このミス』グランプリに輝いた映像的手腕
『暗黒自治区』は、亀野仁さんのデビュー作であり、第19回『このミステリーがすごい!』大賞・文庫グランプリ受賞作です。
亀野さんは、映画製作やCM製作のお仕事をされており、その合間に小説をコツコツと執筆し、応募を続けていたそうです。
ニューヨークでの映画助監督のご経験もあるらしく、なるほど、だから『暗黒自治区』のアクションシーンは、ハリウッド映画を思わせるほどのド迫力なのでしょう。
アクションシーン以外の描写も丁寧かつ勢いがあり、読んでいてイメージが頭に浮かびやすく、そこも映像制作をされてきた亀野さんならではの手腕だと思います。
個人的には、「隣国の支配によってすっかり様相の変わった日本」の描写が、特に胸に残りました。
日本のはずなのに、絶対に日本ではありえない猥雑な感じやモラルのなさが、やけにリアルに伝わってくるのですよ。
絵的に想像できるのはもちろん、すえた匂いや、人々のわめき立てる声まで感じられるくらい。
と同時に、「もしも本当に日本が中国に支配されたら、こうなるのだろうな」と想像せずにいられなくなります。
この背筋をゾクリとさせるようなリアリティも、亀野さんの文章のパワーゆえだと思います。
亀野さんは、本書『暗黒自治区』でのデビューをスタートラインに、今後も執筆を続けていくそうです。
どのような作品が生み出されていくのか、楽しみですね。
きっと読み手を圧倒するようなスリルと愛に満ちた作品を見せてくれることでしょう!
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