いま、もしも「ミステリの素晴らしさってなんですか?」と問われたなら、なにもいわずにそっと本書を差し出したい。
宇田川拓也
帯より引用
全作品をすぐにでも読む値打ちがある
ミステリ作家として、七河迦南の名を強く推したい。
千街晶之
帯より引用
帯に書いてある言葉って大げさなものが多かったりするのですが、『アルバトロスは羽ばたかない』に関しては「まさにその通りです」と言わざるをえないでしょう。
七河迦南(ななかわ かなん)さんの七海学園シリーズ2作目が、待望の文庫化です。
関連記事:『七つの海を照らす星』-七海学園シリーズの伏線回収と「仕掛け」は何度読んでも素晴らしい
七河迦南『アルバトロスは羽ばたかない』
さて早速あらすじをだらだら語りたいところなのですが、本書のあらすじを説明するのは容易ではなく、むしろあらすじをできる限り知らないで読んでほしいというのが正直なところ。
なので、あらすじと言うよりは、本書がどんな作品か?というのを簡単にご紹介させていただきます。
舞台となるのは、児童養護施設・七海学園。
前作『七つの海を照らす星 (創元推理文庫)』に引き続き、保育士・北沢春菜は、学園内で起きる不思議な事件と仕事に追われていた。
そして学園の少年少女が通う高校の文化祭の日、校舎屋上からの転落事件が起きてしまう。
これは「事故」なのか?
それとも……。
本作はこの転落事件をメインとし、春菜がこの春から晩秋にかけて出くわした四つの事件とともに物語は進んでいきます。
前作『七つの海を照らす星』では完全な「連作短編集」の形をとっていましたが、今回では「一つの長編小説の中で過去の事件を振り返る」という形式をとっています。
これがまた見事なのですが、深い事は考えないでください。
これ以上は、とりあえず読んでみて、としか言いようがありません。お許しを。
「アルバトロスってーー」
「アホウドリよ」
少女は言った。
「アホウドリは警戒心が乏しいもんだから、人間にもすぐ近づいていっちゃって殺されちゃうし、体はやたらに大きいから、自力で地上から飛び立つこともろくにできないし、うんと少なくなっちゃったから、保護されてるんだってさ。バカだよね」
P.202より
とにもかくにも、どんでん返る。
どんでん返しのある作品と言うのは、
①その仕掛けが炸裂した時すぐに「なるほど!そういう事か!やられた!」と気持ちよく理解できるもの、と、
②あまりに衝撃すぎて理解が追いつかないもの
とありますが、
本作『アルバトロスは羽ばたかない』は②のほう。
あの一文を読んだとき、思わず
「は?」
と声に出し本心状態となります。一瞬意味がわからなくなるのです。
「ちょっと待っておくれ、一体どういう事なんだってばよ」と五分休憩をとってしまうくらいに驚きます。
そこから、とりあえず頭を落ち着かせながらページをめくり、「ああ、これは、なんて物語なんだ」と知らず知らずのうちによくわからない涙がこみ上げてくる。
そしてもう一度最初から読み直す。
すると笑ってしまうほど至るところに伏線が忍ばされており、完全に七河さんの手のひらの上で踊らされていた事に気がつくわけです。
初見でこの伏線の数々にはまず気がつけないでしょう。お見事です、としか言いようがない。
どんでん返しがすごいミステリー小説は多くありますが、このレベルのどんでん返しっぷりは滅多に味わえません。
そしてもう一つ強く言いたいのが、本作は「あの一撃が凄いだけではない」ということ。
一度どんでん返しを味わい、ネタが分かってしまったのでもう読む気が起きない、という作品もありますが、『七つの海を照らす星』『アルバトロスは羽ばたかない』はたとえネタが分かっていたとしてもまた読みたくなる、そういう物語なのです。
ただ単にミステリとして面白いだけでなく、優しさや愛情などの大切な何かを思い出させてくれる暖かい作品、と言いますか。
でも、決して軽い物語ではありません。むしろ、重いです。胸がギューっとなるというか、こっちまで辛い気持ちになってしまう描写もあります。
でも最終的には、「希望」を与えてくれる、ああ、読んでよかったなあ、と思わせてくれる、そんな作品です。
「事実を否定し、見ないふりをすることはできない。でもそんな中でも、どこかに何かしら希望につながるものを彼らと一緒に探していくのがわたしたちの仕事かもしれません」
「なんだか凄く難しいことのような気がします」
「そうですね。大変難しいことでしょう。ただーー『希望』というものはもともと、『物事がそうだから』持つ、というものではなく、『そうであるにもかかわらず』持つものだ、と言った人がいました。わたしもそのようにあれたらと思っています」
P.80より
七海学園シリーズでは、「海王さん」と呼ばれる児童福祉司(児童相談所の相談員)のおじさんが度々登場するのですが、この海王さんが名言しか吐かない、いわば「名言連発おじさん」なので覚悟しておきましょう。
この人の存在も、七海学園シリーズの大きな魅力です。
おわりに
そして、本作を読むにあたって特に重要なのが、「必ず前作『七つの海を照らす星』から読む」ということ。
読んでいるといないとでは、本作の面白さと衝撃が大きく違ってきます。
もちろん『七つの海を照らす星』自体も素晴らしきミステリであるので、もし未読であれば、『アルバトロスは羽ばたかない』と合わせてお手にとってみていただければと思います。
「アホウドリ見たことあるの?」
「まさか。この辺りにいるのはカモメぐらい。アルバトロスは日本じゃ離れ島みたいな所にしかいないの。そして巣立つと海を超えて飛んでいくのよ」
「疲れそうね。羽が折れてしまいそう」
「アルバトロスって羽ばたかないのよ」
少女は言った。
「彼らは気流の力を使って風を切って飛ぶの。小鳥みたいにパタパタと羽を動かすんじゃなくて、グライダーのように空を滑るように飛ぶのよ。だからひとたび飛び上がったら、もう翼は動かす必要がない。羽ばたくことなく何百キロも遠くまで行くのーーあ」
P.203より

コメント
コメント一覧 (6件)
hitomiです!
次は、このシリーズ集めようと思ってたけど、
まだ買えてない(*ToT)
やっぱり早く集めなきゃ!
もちろん前作からですよね。
あらすじ読んでるだけでドキドキです!
早くーーー!!!(笑)
もう絶対hitomiさん好きなやつなので!
もちろん前作からなので、一作目とセットで買っちゃいましょう!笑
いやあ、早く読んでみていただきたい。そしてリアクションを見てみたい( ´∀`)笑
忙しいのに買っちゃう。読んじゃう。ミステリとしての完成度も高くて、帯の言葉もうなずけます。しかし、年末に入るとただでさえ金欠になりがちなのに、七河さんのほかの作品も読まねばー。あと西尾維新も読みたいのがあるんだよなあ。でもまあとりあえず、アルバトロスを再読して、優しさと伏線の巧みさの余韻に浸っていたい……
そうなんですよ。この文庫化は読まずにいられないやつなんですよ。
もう金欠がね、凄まじいですよ笑。本当に七河作品ハズレなしですので、1作品読むと他のも読まずにいられなくなるという。
ぜひぜひ、再読して浸っちゃいましょう!「これも伏線だったのか!」と、新たな発見があるはずです( *´艸`)
「七つの海を照らす星」と「アルバトロスは羽ばたかない」を連続で読みました。
どんでん返しが好きでそこそこ読んでますが、「アルバトロス…」はあの一文で頭の中が大混乱しましたね。「殺戮にいたる病」の時以来の混乱でした。
ミステリー的には「アルバトロス…」の衝撃が凄かったです。そして「七つの海…」は読後感が凄く好きです。読み終わった時に登場人物全てが凄く愛おしい!って感じでした。
七河迦南さんの他の作品も読んでみたいですね‼︎
bulltonさんこんにちは!
「七つの海を照らす星」と「アルバトロスは羽ばたかない」を一気読みとは、最高ですね(´∀`*)
ほんと、アルバトロスのあの一文は衝撃すぎますよね。私も絶句しましたもん。
そうそう、七つの海は読後感が素晴らしいんですよ。七海学園の皆が愛おしく思えて、このシリーズを読み続けたい!って思わせてくれる終わり方で。
それだけに、アルバトロスのラストが衝撃的すぎて……。
ぜひ、そのまま『空耳の森』という作品を読んでみてくださいな。まだ文庫化していないのですが、七海学園を気に入っていただけたなら最高の一冊となるはず……!(ノω`*)