この作品では、異なる背景を抱えた複数のキャラクターの物語が描かれています。
命を助けた若者に恐ろしい風貌を罵倒されて心を病んでしまったピアーズ姉妹。
丘の上で偶然見つけた骨を集めてネックレスを作る少女・ギネス。
そして、突如襲来してきた宇宙人に人間がさらわれたと信じ込み、大人に調査を要請する子供達も、その一員。
彼らは皆、平凡な日常とはかけ離れた様々な事情を抱えており、どこか暗くて独特な雰囲気を醸し出している。
年齢も価値観も異なる彼らの人生は今後どのように進展し、どのような結末を迎えていくのだろうか……..。
全10話から構成される、ユーモラスで奇妙な短編集。
ユーモアと物悲しさのバランスがとれた物語
この作品では、異なる地域で生活する数々の登場人物が主人公となって、物語が進行していきます。
彼らは「暗くて物悲しい人生をひっそりと歩んでいる」という共通点を持っています。
それぞれがまったく違う人生を歩んでいながらも、どこか似たような奇妙な雰囲気を醸し出しているため、冒頭から不気味で物悲しい世界観に引き込まれてしまうことでしょう。
このとき、どこか不気味な空気感が作り出されているため「読み進めていくうちに暗い気持ちになってしまうのでは?」と感じてしまうかもしれません。
しかし、物語にはユーモアのあるファンタジー描写や挿絵がバランス良く散りばめられているため、心地良い感覚で読み進めることができます。
また、本作のユーモア溢れる描写や挿絵は、ティム・バートンの作品で描かれるダークで優しい空気感を連想させます。
ティム・バートンの物語や世界観が好きな方は、間違いなくはまるかと思います。
少し寂しげで哀愁漂う世界観に感情移入したい方はもちろん、個性的な登場キャラクターのイラストを楽しみたい方にもぜひおすすめしたい1冊です。
読者に物語の行末を想像させる描写
各章で登場する人物が主軸になり、冒頭から物語の世界観に引き込むスタイルが本作の特徴ですが、物語の結末を読者の想像力に委ねる工夫が多数盛り込まれている点も注目ポイントの1つです。
一般的な小説は、物語の結末や真相があらかじめ用意されており、その答えに辿り着くまでのプロセスを楽しむことが多いかと思います。
しかし本作の物語はいずれも、登場人物の人生を1つの結末に収束できるようなストーリー展開にはなっておらず、起承転結の描写が曖昧です。
このような曖昧な描写は好みが分かれるかと思いますが、読者の想像力に委ねる形で進行していくストーリーは、読了後に適度な心地良さをもたらしてくれます。
「え?ここで終わるんだ?」というスッキリしない感覚を残しながらも、心地良い余韻に浸って想像力を掻き立てられるのは、本作の魅力といっても良いでしょう。
また、読者の想像力を当て込むことでようやく完成する物語の解釈は、読者の価値観や読むタイミングの違いによって異なってきます。
そのため、1回だけ読んで終わりではなく、期間を空けて何度も読み返すことで、自身の価値観や考え方の変化を楽しむのも面白いかもしれませんね。
ブッカー賞最終候補作の著者が贈る短編集
著者のミック氏は『穴掘り公爵』や『こうしてイギリスから熊がいなくなりました』など、数々の名作を生み出しています。
そのうえ、イギリス最大のブッカー賞の最終候補作にまで残るなど、その実績も折り紙付きです。
デビュー作『穴掘り公爵』のあとがきには、「読者を喜ばせるための過度なストーリー演出や描写をするのが好きではない」という旨の記述がされています。
この記述からは、周りに影響されない軸やこだわりを持って、作家としてキャリアを築き上げてきたミックさんの強い意思が感じられます。
これまで数々の名作を積み上げられたのは、こうした背景があったからこそなのかもしれませんね。
そんなミックさんが2016年に発表した短編集『10の奇妙な話』は、つらい過去や背景を抱えた複数の主人公が描く、ちょっと不気味で独特な物語です。
ストーリー設定は明るいものとはいえませんが、不思議と引き込まれるダークファンタジーのような世界観がイラスト付きで描かれているため、つい一気読みしてしまいそうになります。
登場人物達は常軌を逸する行動をしており、周りからは不気味な存在として認識されている人ばかりですが、本人達はいたって真面目に活動しています。
「自分が好きなことに没頭しすぎて、気付けば周りから引かれていた…」という経験は、生きていれば一度くらいあるかと思いますが、本作の物語はその感覚に通ずるものがあるように感じます。
ある視点ではホラーのように捉えていた描写も、立場を変えてみれば悲しく感じるような解釈に変貌を遂げるのは、本作の興味深い点といえるでしょう。
何度も読み返すことで新しい発見ができる作品になっていますので、1冊の小説をじっくりと読むのが好きな方はぜひ読んでみてください。
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