『文学効能事典』-インフルエンザにかかったら『アクロイド殺害事件』を読む理由とは

この本は、体や心の具合が悪いと感じた時に開いて、その対処法を知るために参考にしてほしいーーといっても、いわゆる健康本や医学解説書とは違う。

P.15「はじめに」より

 

本書を一言でいえば、あなたの抱える「病」や「悩み」にピッタリの小説をオススメしてくれる辞典です。

こういう症状のときは、この本を読むと良いですよ、と。

しかもその「悩み」の幅は広く、

「腰が痛いとき」
「歯が痛いとき」
「悪魔に魂を売り渡したくなったとき」
「片思いのとき」
「着ていく服がないとき」
「ネクタイに卵がついていたとき」
「歯が痛いとき」
「飛行機がこわいとき」

など、「え?そんな悩みまで小説で解決するの?」と思ってしまうものばかり。

「小説を読んで悩みが解決するわけがない」とも思うかもしれません。

なぜ、その悩みに、この小説をオススメするのか。

最初は意味がわかりませんでしたが、読めばわかります。

あらゆる悩みは、小説が解決してくれるのであると。

 

私にとって、一生を共にし、ボロボロになるまで読み、墓場まで持っていきたい本の一つとなりました。

 

インフルエンザにかかったとき『アクロイド殺害事件』

医師や科学者がまだ気づいていないか、研究すらしていない奇妙な偶然に、「インフルエンザの患者がアガサ・クリスティーを読み始めるのは、患者が回復し始めたときである」というのがある。

P.41より

つまりインフルエンザで辛いときでも、誰が犯人なのか知りたいという好奇心のほうが、何もせずにゴロゴロしていたいという欲求より強いのだろう、と著者は述べています。

アガサ・クリスティーの筋書きを理解し、謎を解くのに要する知力は、インフルエンザで弱った脳を奮い立たせるのにちょうど良いらしいのです。

なぜインフルエンザに『アクロイド殺し』なのか、と疑問で仕方ありませんでしたが、なるほど。

あの衝撃を味わえば、ウイルスもどこかに吹き飛んでしまうのかもしれません。

 

そういえば私も学生のころ、風邪で学校を休んだときに一日中ふとんの中でクリスティを読み漁った記憶があります。あれは最高の時間でした。ずっと風邪をひいていればいいのに、とすら思いました。

病気のときにクリスティを読みたくなるとは不思議な話ですが、妙に納得してしまったんですよねえ。

まあ、インフルエンザで弱った脳で、ポワロより早く犯人を特定できるとは思えませんが……(健康な状態でも無理)。

 

お茶が欲しくてたまらないとき『銀河ヒッチハイク・ガイド』

いや、お茶飲んだほうが早いんじゃない?という意見はおいといて。

 

主人公アーサーは、いろいろあって泥酔し、宇宙船をヒッチハイクし、拷問を受けて逃亡し、別の船に逃げ込んだ。

そんな波乱万丈な日を過ごしたアーサーは、猛烈に紅茶が飲みたいという欲求に襲われる。

しかし宇宙船の中では〈栄養飲料自動合成機〉という機械でしか、温かい飲み物が作れません。

アーサーは紅茶を注文しますが、機械は”紅茶とは思えないしろもの”をカップに満たすのです。

その後アーサーは6杯続けて飲み物を捨て、自分が知っている紅茶の知識全てを機械に教えます。

そして宇宙船がほとんど破壊されてしまった後にようやく、その機械はアーサーの望んだ紅茶を差し出しました。

アーサーがこれまで飲んだ紅茶の中でも最高の味でした。

 

お茶が飲みたくてたまらないときにヤカンやティーポットがなくても、いずれ自分は紅茶を飲みながら贅沢なひと時を過ごすせることがわかっているのだから、安心してほしいということ。

あなたの「お茶が飲みたい」という強い欲求も、この日のアーサーが感じた欲求に比べれば大したことはないのだから。

 

待合室にいるとき『虎よ!虎よ!』

待合室にいるということは病院か、診療所か、歯医者か、列車の駅か、バス停か、空港か、そんなとろこにいるということだろう。つまらないし、退屈だし、不安もあるし、絶望感すら漂う。そんな不毛な場所に行くときには、それにふさわしい小説の薬を携行する必要がある。

P.343より

 

なぜ『虎よ!虎よ!』が待合室に良いかというと、この作品に登場する〈ジョウント〉というユニークな概念が有効だからだといいます。

〈ジョウント〉とは、他の場所へ念力移動する能力のこと。

主人公ガリーは宇宙空間の大事故の生き残りで、宇宙船〈ノーマッド〉の残骸の、唯一気密性が保たれたロッカー(奥行き約120cm、高さ270cm)の中で命をながらえていました。

そんな”明かりのない棺桶”のような場所で、5ヶ月と20日と4時間、閉じ込められていたのです。

そこに宇宙船が現れ、ガリーは救助を求めるのですが、宇宙船は素通りしてしまう。まあその復讐心で、ガリーは生き延びることができたのですが。

 

つまりこの小説を待合室で読めば、そこがガリーの閉じ込められていたロッカーほど狭くないことがありがたく思えてくる。

そしてもしジョウントができるなら、行ってみたい場所を全て思い浮かべよう、とのことです。

『虎よ!虎よ!』は私も大好きな名作中の名作ですが、正直、待合室なんかで読んでしまうと、小説の世界にのめり込みすぎて名前を呼ばれても気がつくことができなくなってしまいます。注意しましょう。

 

 

というように、「ああ、なるほど。確かに効果はありそうだ」と思えるものもあれば、

 

『鍵がなくて家に入れないとき』

 

錠前屋を待つ間は、探偵小説や犯罪小説、スパイ小説の傑作を読んで時間を潰すのが一番。

あらかじめ家の外の物置にこれらの本を用意しておきましょう。と著者は言います。

鍵がなくて家に入れないときにおすすめの小説

・『泥棒は選べない』ローレンス・ブロック
・『パーフェクト・スパイ〈上〉 (ハヤカワ文庫NV)』ジョン・ル・カレ
・『白衣の女 (上) (岩波文庫)』ウィルキー・コリンズ
・『エンジェルズ・フライト〈上〉 (扶桑社ミステリー)』マイクル・コナリー
・『侵入』ディック・フランシス
・『学寮祭の夜 (創元推理文庫)』ドロシー・L・セイヤーズ

など。

下痢のとき

せっかく座っているのだから、その時間を有効に使いましょう。

ということで、短い章から成る作品や掌編など、短時間にサッと読むことができる小説をおすすめしています。

・『伴侶』サミュエル・ベケット
・『見えない都市 (河出文庫)』イタロ・カルヴィーノ
・『大いなる眠り (ハヤカワ・ミステリ文庫)』レイモンド・チャンドラー
・『ビリー・ザ・キッド全仕事 (白水Uブックス)』マイケル・オンダーチェ
・『猫のゆりかご (ハヤカワ文庫 SF 353)』カート・ヴォネガット・ジュニア

など。

 

……というように、思わずツッコミを入れたくなるようなユーモアのある解答も多く見られます。

全く解決になっていませんが、傑作小説を読むいい機会になりそうですね。

この辺のユーモアとのバランスも良くて、辞典なのに楽しく読めるのも嬉しいところです。

 

一生そばに置いておきたい小説辞典

いろいろ例を挙げれば、

インフルエンザにかかったときは… →「アクロイド殺害事件』アガサ・クリスティ
月曜の朝が憂鬱なときは… →『ダロウェイ夫人』ヴァージニア・ウルフ
死ぬのがこわいときは… →『ホワイト・ノイズ』ドン・デリーロ/『百年の孤独』ガルシア゠マルケス
腹が立ったときは… →『老人と海』アーネスト・ヘミングウェイ
花粉症のときは… →『海底二万里』ジュール・ヴェルヌ
無職のときは… →『ねじまき鳥クロニクル』村上春樹
楽観的すぎるときは… →『わたしを離さないで』カズオ・イシグロ
つま先をぶつけたときは… →『若い藝術家の肖像』ジェイムズ・ジョイス
憎しみを感じるときは… →『一九八四年』ジョージ・オーウェル
重い病気ではないかと心配なときは… →『秘密の花園』バーネット
逃げ出したくなったときは… →『走れウサギ』ジョン・アップダイク
歯が痛いときは… →『アンナ・カレーニナ』トルストイ
復讐したいときは… →『嵐が丘』エミリー・ブロンテ
思春期の悩みがあるときは… →『キャッチャー・イン・ザ・ライ』J・D・サリンジャー
嘘をついてしまうときは… →『贖罪』イアン・マキューアン
周囲に溶けこめないときは… →『かもめのジョナサン』リチャード・バック

など、ありとあらゆる病や悩みに対して、それを解決してくれる小説が紹介されています。

この本があれば、今後一生、本を選ぶのに困らないのではないか、と思えるほどに魅力的な本ばかり。

「なぜその悩みに対してその小説なの?」と疑問に思うものばかりですが、読むときっと納得してしまうでしょう。

妙に説得力があって、本当に悩みを解決してくれる気がしてくるのです。本当にすごい一冊です。

この本と、ここに紹介されている小説さえあれば、人生のいかなる悩みも困難も乗り越えていける、と思わせてくれるのです。

 

悩みに出会うたびにこの辞典を開き、おすすめされている名作小説を読んでみましょう。

あなたが抱える悩みは、その小説が解決してくれると信じて。

スポンサーリンク

関連コンテンツ